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国立西洋美術館

  1. 2017/07/25(火) 12:13:09|
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アルチンボルド展が開かれている上野の国立西洋美術館は、建物そのものがアートでもあります。
1959年に完成したこの美術館は、20世紀を代表する建築家ル・コルビュジェの設計です。
2016年にコルビュジェの作品の一つとしてユネスコの世界遺産としても登録されています。
これまで何度か行ったことのある美術館でしたが、この『器』に注目したことはありませんでした。

たしかに入り口のピロティーは、ゆったりとした空間で、猛暑にもかかわらず、ベンチに座って、おしゃべりしている人が結構いました。見てきた作品の話をしているのでしょうか。

seiyo museum

常設展は広々したホールから始まります。

seiyo museum2

天井の明かりとりの窓から自然光が差し込み、建物を支える丸い柱も堂々としていて美しいです。
そしてスロープを歩いて、次の階へ進んでいきます。
パリのラ・ロシュ=ジャン・ヌレ邸や、サヴォワ邸でもスロープをのぼりましたが、美術館という広い空間にあるこのスロープは、置いてある作品をいろいろな角度から楽しめるスケールの大きさが魅力です。

アルチンボルド展のチケットで常設展も見ることができますので、時間の余裕をもって、建物も楽しんで下さい。

2017年7月25日




アルチンボルド展

  1. 2017/07/15(土) 15:20:41|
  2. ミュージアム|
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上野の西洋美術館でのアルチンボルド展を見てきました。
アルチンボルドは16世紀後半にウィーンのハプスブルグ家の宮廷で活躍した、ミラノ生まれの画家です。
果物や野菜、魚や動物といったモチーフを正確にうつしとり、それらを絶妙に組み合わせてハプスブルグ家を象徴する肖像画にしてしまうのですから、凄い!!!
くすっと笑ってしまうユーモアもあれば、時には不気味な印象さえも与える「奇想」の画家の絵を寵愛したハプスブルグ家の知的レベルと、懐の深さにも感心してしまいます。
目利きのパトロンがいないと、やはり芸術は花開きませんね。

今回のエクスポジションでは、アルチンボルドの代表作である「四季」と「四代元素」(大気、火、大地、水)の連作が一堂に会しています。
ウィーンをはじめ、マドリッド、デンヴァー、リヒテンシュタインなど世界中から集められたようです。
「大気」と「火」は、スイスの個人蔵だというのですから、これもビックリ。

「春」 はお花でいっぱい(右)。ペアになっているのは「四代元素」の「大気」

arcinboldo air arcinboldo spring

「夏」は、アーティチョークやナスなど野菜の組み合わせ(左)。対になっているのは「火」
arcinboldo summer arcinboldo fire

実りの「秋」は「大地」と、一年の始まりである「冬」は「水」と向き合って飾られています。
西洋美術館のサイトを開くと絵が出てきますので、見て下さい。
「四季」シリーズ以外にも、庭師、ソムリエ、コック、司書(下の作品)などもユーモラスで面白く、楽しみました。

arcinboldo library

入り口の「あなたもアンチンボルト〜」というコーナーも、ITを駆使した面白い仕掛けでした。
額の前にたつと、センサーで感知するらしく、アンチンボルト風にデフォルメされた顔が出現し、スマホでどうぞ撮影して下さいというサービスぶり。
子供達には少し難しかったのか、大人の方が喜んでいました。

arcinboldo face

私も試してみたら…

arcinboldo face2

似てる? 似てない???

シュールレアリストのダリも驚いたという超シュールなアルチンボルドの作品展は、9/24日まで。
ご興味がおありなら、夏休み前の方が良いかもしれません。

2017年7月15日


パリ 装飾美術館

  1. 2017/04/14(金) 18:28:26|
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話題はパリに戻ります。
バウハウスのエクスポジションが開かれていた装飾美術館は、特別展以外も面白いです。
上の方の階では、フランスのインテリアの歴史を見ることができるのです。
ラピズラズリのブルーなどを使った中世の装飾品のカラーも素敵ですが、アールヌーヴォーあたりまでくると、見たことのある曲線が登場してきます。
art nouveau

クチュリエのランバンのお部屋の装飾も迫力があります。
lanvin

脇に置かれているディスプレイをスクロールすれば、ランバンのアパルトマンも覗けるようになっています。

lanvin2 lanvin3

こんなお部屋でくつろげるかしら…と、思いますが、ランバンらしいですね。
特別展が混んでいても、上の階の展示室はすいていて静かですから、階段をのぼってみて下さい。

2017年4月14日



スラヴ叙事詩

  1. 2017/03/31(金) 11:37:47|
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今回はパリではなく東京の話題。
テレビで見た絵が気になり、ミュッシャの「スラヴ叙事詩」を見てきました。
ミュッシャと言えば、20世紀初めのアールヌーヴォーの作品が有名ですが、晩年チェコへ戻って取り組んでいたスラヴ叙事詩は、大きいものは6mX8mと巨大。その大きさだけではなく、圧倒的な存在感で迫ってきました。

スラヴ叙事詩 「原故郷のスラヴ民族」
mucha

ミュッシャは、パリで、華やかで洗練されたポスターなどの作家として、人気もあり、もてはやされていたと思うのですが、50歳で故郷のチェコにムハ(ミュッシャはフランス語の発音で、ムハがチェコ語)として戻り、晩年の16年間を「スラヴ叙事詩」(1912-1926年)の制作に専念します。
巨大なカンヴァスに描かれた20点の作品は、古代から近代にいたるスラヴ民族の苦難の歴史を映し出すスペクタクル映画の一場面のようでした。
第一次世界大戦の悲惨さを感じながら描かれた絵は鬼気迫るものがありますが、ムハが絵に込めたスラヴの文化的『民族自決』という願いが実現するのはずーっと後のことになります。
侵攻してきたナチの厳しい尋問を受けた後、ムハは1939年に病死。
20点の絵は、その後あまり人の目に触れることもなく、2012年にプラハ国立美術館ヴェレトゥルジュニー宮殿で全作品が公開されたとのこと。

エクスポジションの後半は、なじみのあるアールヌーヴォーの作品が並んでいました。

彼の名前を一挙に有名にしたサラベルナールのジスモンダ(下の一番左)

mucha sara mucha 2




ベルエポックの絵も、少し違うものに見えてきました。
よーく見ると、スラヴ的な要素が隠されているような…

6月5日まで、六本木の国立新美術館で、見ることができます。

2017年3月31日






バウハウスのエスプリ

  1. 2017/03/24(金) 18:20:08|
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パリから戻ってからあっという間に2週間たってしまいました。
ブログは長い間お休みしてしまいましたが、少しずつパリの報告をしていきますね。
数日前にロンドンでテロ事件が起きましたが、ファッションウィーク中のパリは、いつもと変わらず、一番のニュースは、テロを恐れてここ数シーズン少なくなっていた日本人のバイヤーが戻ってきたということでしょうか。
テレビは、毎日大統領選挙の話題をとりあげ、極右の国民戦線のル・ペンが世論調査でかなりの数字をとっていました。オランダの総選挙では、極右の票は予想ほど伸びませんでしたが、フランスはどうなるでしょう??? ル・ペンが勝てば、EUは解体??? ユーロからまたフランに逆戻りするのかしらなんて話も…

そんな中でも、ショーも展示会も行われ、ミュージアムでは面白そうなエクスポジションがあちこちで行われていました。
見たいと思っていたルーブルのフェルメール展は、インターネットか当日の朝ルーブルに出向いて予約をとらなければいけないシステムで、長い列にめげて、あきらめました。
最近では、パリの美術館はインターネット予約が主流のようですので、旅行前に調べていった方が良さそうです。

そんなに混んでいないだろうと予想していた装飾美術館の「バウハウスのエスプリ」も、午後に行ったら長い列が出来ており、最終日のオープン前に30分ほど並んで、会場に入りました。

bauhaus entree

この入り口を、後ろから撮ると

bauhaus entree2

バウハウスの家具や建築を断片的に見て、モダーンでいいなあと思っていたのですが、その全貌を初めて知りました。
バウハウスは、第一次世界大戦後 1919年にドイツのワイマールに美術・工芸・建築などを教える学校として設立されました。
教授陣の中には、カンディンスキーや、クレーなどもいて、とてもユニークな教育をしていたようです。

1925年にデッサウに移転。デッサウ校はモダニズム建築としても有名で、バウハウスの関連施設は1996年に世界遺産に登録されています。

bauhaus dessau

私のバウハウスのイメージは、下の写真のようなモダーンな家具ですが、

bauhaus chair

テキスタイルのデザインもやっていたのですね。

bauhaus textile

金属製品も、工業生産用のプロトタイプをつくっていたようですし、陶器も興味深いものが並んでいました。
1932年にベルリンに移転後、ナチスの圧力に屈し、1933年に閉校。
ほんの14年間しか存在しなかった学校ですが、ナチスから逃れるために世界中にわたった先生や生徒が、バウハウスの「文化」を広めたようです。

2017年3月24日






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