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ジャポニスム2018

  1. 2018/11/15(木) 18:12:49|
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日仏友好160周年の「ジャポニスム2018」の催しは、私の滞在中、若冲展以外にもいろいろ行われており、ファッションウィークの展示会場を回りながら見ることが出来たものもあります。
一つはルーブルのピラミッドの中に浮かんでいた黄金のオブジェ! バスから見て、ビックリし、翌日見に行きました。

nawa kouhei

nawa kohei2

名和晃平の『金色の玉座』
ゴツゴツとした装飾が多く、座ったら痛そうですが、陽の光にキラキラと輝く金箔が大迫力で、みんな見上げていました。
エジプトから始める王様の歴史と呼応するするものなのでしょうか…
来年の1/14日まで展示されています。

もう一つは、私の仕事場の一つであるトラノイのカルーゼル会場に行く途中にあった“NAKAMA des ARTS”

katori

なんと、香取慎吾の個展です。
若手のアーティストは沢山いるでしょうに、どうして香取慎吾なのか… よく分かりませんでした。
日本では有名かもしれませんが、フランスでは無名。 それでも心を打つ作品か?といえば、そうとは思えませんでしたね。

2018年11月15日






若冲 in Paris

  1. 2018/11/07(水) 16:43:21|
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日仏友好160周年を記念して、今年、パリでは様々なイベントが企画され、歌舞伎や能、美術展や映画など、盛りだくさんに日本文化の紹介がされています。
ちょうど私がパリにいた9月の後半には、野村萬斎親子の三番叟の公演が行われていたのですが、切符がとれず、見に行くことは出来ませんでした。

運よく見ることが出来たのが、若冲の動植綵絵。プティパレで、ヨーロッパでは初めてのエクスポジションが開かれていたのです。
プティパレ(下の写真)の前の列は、若冲展ではなく、印象派の展覧会の方です。

jakucyu


jakucyu metro

メトロの駅にも広告が出ていましたが、ヨーロッパでは若冲はまだ知られていないようで、幸運にも、混んでいませんでした。
若冲の動植綵絵30幅は、京都の相国寺に里帰りしてお披露目された時にも見に行きました。すでに若冲ブームの真っただ中で、ものすごい混み方でしたが、真ん中に釈迦三尊像、その脇に鳳凰から始まって、動植物が並んでいる様子は、若冲がこう並べたかったのだろうなあという配置で、ダイナミックなエネルギーを感じたことをよく覚えています。
今回は、美術館の空間に、大人しく並んでいる感じでしたが、それは仕方がないですね。
絵に顔を近づけて、一枚一枚間近に見ることが出来、若冲特有の裏から黄色を塗って、ゴールドを浮き立たせる『裏彩色』のテクニックもよく分かりました。

動植綵絵はとてもデリケートで、傷みやすいので、照明も暗く、展覧会の期間も1か月と短く、パリの展覧会にしては珍しく写真撮影は不可でした。
写真を撮ることが出来たのは、会場の導入部のみ。若冲のトンネルを抜けて会場に入ります。

jakucyu entree

見に来ている人は、ほとんどがフランス人で、「素晴らしい…」とささやき合う声が、あちこちで耳に入り、何となく、誇らしい気分になりました。

2018年11月7日






アライアのアトリエ

  1. 2018/10/31(水) 13:49:34|
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ずいぶんご無沙汰してしまいました。パリからは10月の上旬に戻ってきていたのですが、パリでついたオーダーのフォローと、パリの店向けの大きな出荷があったもので、なかなかブログにたどり着けませんでした。ようやく目途がつきましたので、これからパリで見たものの報告をしていきたいと思います。

まずは昨年亡くなったアズディン・アライアのアトリエでのエクスポジションから始めましょう。
アライアは、1940年にチュニジアのチュニスで生まれ、地元の美術学校で彫刻を学んだ後、仕立て屋で地元の人々のために、ドレス(有名メゾンのコピーだったとか!)をつくり始め、その後パリにやってきます。ディオール、ギ・ラロッシュ、ミュグレーなどで経験を積み、1980年に独立。
アライアのボディコン・スーツは世界を席巻し、日本でもバブル時代に大ブームを起こします。
ただし、平たい着物文化から出発している日本では、本物のボディコンシャスはなかなかコピーできなかったようですが…

アライアのアトリエは、今でもアライア・ブランドの服を作り続けています。
下の写真は建物の入り口ですが、正面がエクスポジションをするギャラリーで、右左のドアからは、お医者さんのような白い作業服を着たスタッフが出たり入ったりしています。

alaia

アライアは、1987年にこの館を買い、1991年に左岸から移ってきます。
改築工事の際に見つかった壁のフレスコ画を調べたところ、なんと、マダム・ポンパドールが少女時代を過ごした建物だということが判明! そういえば、ポンパドール夫人は平民の生まれで、知性も教養もあり、抜群のセンスの持ち主だったので、ヴェルサイユへの道が開けたのでしたね。
アライアが、パリならではこの新しいアトリエからインスピレーションを得て創った最初のコレクション(1992年SS)を、今回見ることが出来ました。

alaia gallery

このギャラリーで、ショーも行われていたようです。

ボディコンは着ませんでしたが、懐かしい… イングリッシュ・レースのミニ・ワンピースにあわせたジャケットがボディコンとはいえ上品で、ヴェルサイユっぽいですね。
ボディコン・ニットもカッコイイ!

alaia english alaia knit

コートも、皮のジャケットも、モダン! 白いコート、今あれば着たいです!

alaia coat alaia jk

このエクスポジションは来年1/6日までやっています。
場所は、マレ地区のBHVのすぐ裏 (18 rue de la Verrerie, 75004 Paris)
毎日11:00am〜19:00pm ただしパリ時間ですので、私は11時15分ごろ行きましたが、まだオープンしていませんでした。

2018年10月31日





縄文展

  1. 2018/08/14(火) 13:34:01|
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先週、台風の通過した直後に縄文展を見に、上野に出かけていきました。
メディアでいろいろと紹介されていましたが、生活に使っていた土器から土偶や装身具まで、一堂に会した展示品の迫力は圧倒的で、期待していた以上でした。
静かに鑑賞する絵の展覧会とは違い、親子連れも多く、お母さんがどうやって縄目をつけるか子供たちに教えていたり、人型モチーフが隠されているという土器の前でそのモチーフを探していたら、小さな子供がお母さんに 「ここ、ここ。人が万歳しているよ」と言っているのに、教えられたり、和やかで楽しい会場となっていました。

最近では、1万年も続くサステナブルな社会を営んでいたと、縄文時代を桃源郷のようにとりあげるテレビ番組もありますが、獲物がなければ死に直結する生活はやはり苛酷なものだったのではないでしょうか。
1952年に、縄文の美を「発見」し、その素晴らしさを紹介した岡本太郎は、苛酷な狩猟時代だから生まれた美学で、「縄文土器のもっとも大きな特徴である隆線紋は、はげしく、するどく、縦横に奔放に躍動し、(・・・・・) あらゆるアクシデントをくぐりぬけ、無限に回帰しのがれていく。あきらかにこれは獲物を追い、闘争する民族のアヴァンチュールです」 と言っています。
岡本太郎すごいです。太陽の塔の源は、ここにあったのですね。

今回の縄文展の最後のコーナーは、岡本太郎の撮った写真とその実物が展示されていて、興味深かったです。ここだけ写真撮影可でした。

土器の後ろの写真は岡本太郎が撮ったものです。

jomon

下の展示ケースの右側の写真も岡本太郎の撮ったもの。

jomon okamoto jomon okamoto2


今回は国宝6件が集結しているというのも目玉です。
たしかに、6件の中でも『縄文のビーナス』や『縄文の女神』などの土偶は、人々の思いもつまっており、国宝というのが納得できましたが、火焔土器は他にも素晴らしいものがあり、「どうしてこれだけ国宝?」という疑問がわいてきました。
説明を読んでいくと、アイテムそのものの美術的価値も重要だが、どういう状態で出土したかという背景も大事で、なかなか国宝とは認定されないということでした。

jomon venus

『縄文のビーナス』が出土した時の写真です。
どの層から、どんな風に出てきたかで、この像が使われていた背景などが推定できるので、出土状況が重要なのですね。
発見されてから掘り出すまでの1週間ほど、24時間寝ずの番をしたという、この像の出土にかかわった茅野の考古館の方の苦労話が、カタログに書かれていました。
実は、私は、学生時代に考古学者になろうと思っていた時期があり、夏休みになるとあちこちの遺跡の発掘調査に行っていました。
土の中の『縄文のビーナス』の写真を見たら、暑い夏の炎天下の発掘現場の光景が蘇ってきました。

2018年8月14日



岡本太郎美術館

  1. 2018/06/21(木) 18:14:26|
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梅雨の晴れ間に、川崎の生田にある岡本太郎美術館に行ってきました。
以前から面白そうだと思っていたのですが、最寄りの向ヶ丘遊園駅からも結構遠く(15分ほど)、なかなか腰が上がりませんでした。
今回は、企画展として、岡本太郎の撮った写真を展示しているという記事を新聞で読み、思い切って出かけて行ったのですが、「太陽の塔」にフォーカスした常設展も面白かったです。

まず、美術館のある生田緑地の環境にビックリ。
都会の真ん中にホタルの飛ぶ水辺も残し、各地から古民家を移築してつくった日本民家園も立派そうです。
菖蒲園は、残念ながら盛りを過ぎていましたが、森を抜けていくのは気持ちの良いものでした。

ikuta

森を抜け、池を過ぎると美術館

ikuta2 ikuta3

美術館の中は撮影不可ですが、椅子やテーブルなどインテリアが並んでいるコーナーだけ写真を撮ることが出来ました。
もちろん岡本太郎のデザインです。

okamoto taro

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坐ることを拒否する椅子。
確かに坐ってみると、お尻がゴツゴツ痛いです…

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企画展 「岡本太郎の写真|採集と思考のはざまに」は、ほとんどがモノクロームの写真で、岡本太郎自身が各地でとりあつめ、「採集」したものです。
著書の中に使われている縄文土器や、沖縄久高島の巫女の写真などを見て、彼の他の写真を見てみたいと思っていたのですが、想像以上に存在感のある写真が並んでいました。
写真は、パリに留学していた時に、マン・レイやブラッサイに手ほどきを受けて始めたようですが、物事の「芯」を感じ、とらえることが出来た人だったのだと痛感しました。 旅の同行者である秘書の岡本敏子氏は 「いつこんなものを見ていたんだろう、とびっくりさせられるし、〜〜〜 一緒に歩いていても、岡本太郎の目が捉えていた世界を、私はまるで見ていないんだな、といつも思った」と、話しています。
また、留学中、パリ大学で民俗学や文化人類学も学んだとのことですが、その視点が南米や沖縄の人々の写真を撮る時のベースになっているようにも感じました。

岡本太郎というと、「芸術は爆発だ」という言葉が有名で、変人で、エキセントリックというイメージですが、彼の撮った写真を見ると、とても繊細な人だというのがよく分かります。
写真展は7/1日までやっていますので、少し遠いですが、生田緑地のお散歩もかねて、足を運んでみて下さい。

2018年6月21日



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