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新薬師寺

  1. 2018/08/06(月) 12:49:16|
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百毫寺から、新薬師寺までは雰囲気のある小道を歩いて行きましたが、「山の辺の道」という表示がありました。
明日香から山の麓を通って、続いているのですね。

新薬師寺は、奈良の大仏様をつくった聖武天皇の病気平癒を祈願して、光明皇后が創建。
東西の塔をはじめ、沢山の建物が存在していた時代もあったようですが、奈良時代から現在残っている建物は本堂だけのようです。

shinnyakushiji

この本堂の中に、ここへ来た目的である十二神将がおさめられています。

jyuunishinsho

ご本尊である薬師如来を守る12の大将が並んでいる様は壮観です。
薄暗がりの中でよく見ると、それぞれの像の作者が違うようで、表情や手足の動き、着ている服のユラユラゆれる様など、一人一人が個性的な表現をしていて、なかなか面白いのです。
中でも勇壮なバサラ(伐折羅)の姿は何ともカッコイイものでした。

basara basara color

十二神将像は、奈良時代につくられた塑像。塑像というのは、木の骨組みに縄を巻き付け、そこに藁を混ぜた粘土をつけて形をつくる、つまり、土壁と同じようにつくるのです。
今の姿は白っぽい感じで、「奈良時代の素朴さが〜」と、誤解してしまいそうなのですが、出来た時には極彩色だったようです。
右の写真は、今でも残っている部分的な彩色をもとにCGで再現したもの。
その再現の様子を映像でみることができ、とても興味深いものでした。
新しいテクノロジーのお陰で、天平の人々の美意識を覗き見ることが出来ますね。

東大寺や春日大社からは少し離れているので、観光客も少なく落ち着いています。

2018年8月6日






百毫寺

  1. 2018/07/28(土) 15:20:48|
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奈良も大仏様から春日大社あたりは賑やかな外国人観光客があふれているようなので、少しだけ足をのばして、東側の高円山の麓あたりのお散歩をしました。

まず、花の寺と言われる百毫寺

byakugoji hagi

萩、五色椿がとくに有名なようですが、今は紫陽花と桔梗がひっそりと。

byakugoji ajisai byakugoji kikyo

奈良盆地のむこうに生駒山、信貴山、二上山まで見える景色が素晴らしい!

byakugoji keshiki

本堂や宝蔵におさめられている仏様や閻魔様も興味深いものでしたが、お庭にある石仏も素朴で良かったです。

byakugoji sekibutsu byakugoji sekibutsu2

椿は散っている姿が良いようです。

tsubaki

こんな時期にまた行ってみたいですね。

2018年7月28日




沙羅双樹

  1. 2018/07/16(月) 14:50:27|
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生駒の話の続きです。
石切神社の参道に千手寺という小さなお寺があったので、ちょっと寄ってみました。
参道に面した門は小さかったのですが、奥の方に趣のある建物とお庭が拡がっており、そこに白い夏椿の花が咲いていました。

sarasoujyu sarasoujyu2


沙羅双樹。
京都のどこかのお寺の沙羅双樹の写真を見てから、ずーっと見たいと思っていたのです。
平家物語の最初に 「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す」と書かれていますが、一日だけ咲いて、ツバキですから花ごと落ちるその様子を、平家のはかなさと重ね合わせたのでしょうか。
想像以上に可憐な花でした。

観光客が来る感じではありませんが、お参りにいらした地元の方とすれ違いました。
そして、ここにもお百度石。

senjyuji

何となく立ち寄ったお寺でしたが、1300年ほど前に役行者が開き、平安時代初期に空海も立ち寄り、戦火により一時消失していたのを再興したのは在原業平だとか…
歴史上の有名人がキラ星のごとく次々出てきます。
私達が教科書の中で勉強した「歴史」が、ここではもっと身近なものとして生きているように思いました。

2018年7月16日


石切神社

  1. 2018/07/06(金) 14:28:17|
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先週、奈良と大阪の境にある生駒に行ってきました。
友人が生駒山麓の石切というところにあるギャラリーで展覧会をやっていたので、その様子を見がてら、久しぶりに奈良を歩きに行ったのです。
梅雨の雨を心配していたのですが、よく晴れ、熱中症になりそうな炎天下での散策となりました。

まず、石切劔箭(やつるぎ)神社にお参りに。
石切神社は、関西では「石切さん」と呼ばれ、腫物や病気を治すご利益のある神社として有名とのこと。
参道はレトロな雰囲気で面白いのですが、占いの店も並びちょっと怪し気…

ishikiri ishikiri2

神社では、若い人も、お百度参りをしているのに驚きました。

ishikiri hyaku

生駒山を少しのぼっていったところにある上社の方は静かです。
ここにもお百度石がありました。

ishikiri kami ishikiri kami2

神武天皇がここから生駒山を越えて「東征」していったという道を登って上社にたどり着きました。
今でも、ハイキング姿で生駒山へ登っていく中高年や、スポーツウエアを着て駆け下りてくる若者に出あいますが、何とも不思議なパワースポットです!

2018年7月6日


三浦半島 観音様の御開帳

  1. 2014/05/20(火) 13:01:53|
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数週間前から、京急バスに乗ると目に入ってくる『三浦三十三観音本開帳』というポスターが、とても気になり、12年に一度の御開帳とのことで、「12年後にまわる元気があるかしら?」などと、ちょっと考えたりして、全部は無理でもいくつか回ってみたいと思い始めました。
幸運にも賛同してくれる友人が現れ、初夏の陽射しが心地よい日に小さな巡礼の旅に出かけました。(車ですが…)
インターネットで調べてみると、運慶作(?)と言われる観音様もいくつかあるようなのです。
鎌倉時代の初め(建久3年=約800年前)、三浦半島一帯が大飢饉に苦しんだ時に、源義経の家臣鈴木三郎重家が、人々の救済を発願し三浦半島の33か所の霊場を巡ったのがそのはじまり。
家重の巡礼により、浜は大漁、陸は豊作となり、人々は飢饉から救われ、33か所の霊場を三浦札所とし、午年に本開帳、丑年に中開帳をするようになったのだそうです。

逗子駅で待ち合わせ、葉山から佐島へと下りて行きました。
海の向こうに富士山が見える海岸沿いに、ガラス張りのデザイナーズ・ハウスと思われる家が増えたのに、まずビックリ!
そんな中にあらわれた赤い旗… 最初にお参りしたのは専福寺(第28番札所)の十一面観音
小さな観音堂に登っていく階段からは、海が見えました。
専福寺 専福寺2

次は山の中に入っていって、観正院(第26番札所)
ここの十一面観音は、運慶作と言われているというので、どうしても行きたい札所の一つでした。
観音堂は丘陵地帯の緑の中にあり、素朴で静かな佇まい。
観正院 観正院2

堂守がいないので、いつもは戸締りされているそうですが、御開帳中はもちろん人がいて、いろいろ説明して下さいました。
観音堂の天井にはりめぐらされた白い紐は、観音様の指に巻かれた糸につながり、お堂の外に建てられた木の柱までのびていて、その紐に触るだけで、観音様に救われるのだそうです。
芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』も、こうした情景と繋がっているという説明、説得力がありました。
大雨が降ると、すぐそばにある蛇塚山から「水」が出やすい地形なので、この観音様が人々を守り、人々が観音様を守ってきたのだそうです。
ブルーの光背が少し斜めになっているのが気になりましたが、「根元が腐っているとので」と、にっこり説明された時には、驚きました…
運慶がつくったと言われているが、それにしては優しげな仏様なので、違うだろうという説明には納得。 細身の穏やかな素晴らしい観音様でした。

第19番札所 清雲寺
御本尊の滝見観音は中国でつくられたものだそうで、ここでは、五色の紐が観音様と繋がっています。
清雲寺

第15番札所 真福寺
観音堂の中のマリア観音は子供を抱いて座っており、子育て観音として親しまれてきたそうです。
天井の絵は北斎作(?)かもしれないとか…
本堂には有名な彫り師 伊八が彫った欄間があるとのことですが、それは見られませんでした。
真福寺

ほかにもいくつか回りましたが、どこもいつもだったら立ち寄ることもないフツーのお寺です。
拝観料をとるわけでもなく…
ウン十年も前に、琵琶湖の湖北の十一面観音を巡る旅をしたことがありますが、こんな近くにも人々が守ってきた観音様がいらしたのですね。
さすが、鎌倉幕府のお膝元だと、わが郷土を見直しました。

今年の御開帳は4/18〜5/18日で終了。
午年の本開帳は12年後、丑年の中開帳は7年後。
観音堂は急な階段の上にあることが多いので、皆さん、元気なうちに巡ってみて下さい。

2014年5月20日

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