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三浦半島 観音様の御開帳

  1. 2014/05/20(火) 13:01:53|
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数週間前から、京急バスに乗ると目に入ってくる『三浦三十三観音本開帳』というポスターが、とても気になり、12年に一度の御開帳とのことで、「12年後にまわる元気があるかしら?」などと、ちょっと考えたりして、全部は無理でもいくつか回ってみたいと思い始めました。
幸運にも賛同してくれる友人が現れ、初夏の陽射しが心地よい日に小さな巡礼の旅に出かけました。(車ですが…)
インターネットで調べてみると、運慶作(?)と言われる観音様もいくつかあるようなのです。
鎌倉時代の初め(建久3年=約800年前)、三浦半島一帯が大飢饉に苦しんだ時に、源義経の家臣鈴木三郎重家が、人々の救済を発願し三浦半島の33か所の霊場を巡ったのがそのはじまり。
家重の巡礼により、浜は大漁、陸は豊作となり、人々は飢饉から救われ、33か所の霊場を三浦札所とし、午年に本開帳、丑年に中開帳をするようになったのだそうです。

逗子駅で待ち合わせ、葉山から佐島へと下りて行きました。
海の向こうに富士山が見える海岸沿いに、ガラス張りのデザイナーズ・ハウスと思われる家が増えたのに、まずビックリ!
そんな中にあらわれた赤い旗… 最初にお参りしたのは専福寺(第28番札所)の十一面観音
小さな観音堂に登っていく階段からは、海が見えました。
専福寺 専福寺2

次は山の中に入っていって、観正院(第26番札所)
ここの十一面観音は、運慶作と言われているというので、どうしても行きたい札所の一つでした。
観音堂は丘陵地帯の緑の中にあり、素朴で静かな佇まい。
観正院 観正院2

堂守がいないので、いつもは戸締りされているそうですが、御開帳中はもちろん人がいて、いろいろ説明して下さいました。
観音堂の天井にはりめぐらされた白い紐は、観音様の指に巻かれた糸につながり、お堂の外に建てられた木の柱までのびていて、その紐に触るだけで、観音様に救われるのだそうです。
芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』も、こうした情景と繋がっているという説明、説得力がありました。
大雨が降ると、すぐそばにある蛇塚山から「水」が出やすい地形なので、この観音様が人々を守り、人々が観音様を守ってきたのだそうです。
ブルーの光背が少し斜めになっているのが気になりましたが、「根元が腐っているとので」と、にっこり説明された時には、驚きました…
運慶がつくったと言われているが、それにしては優しげな仏様なので、違うだろうという説明には納得。 細身の穏やかな素晴らしい観音様でした。

第19番札所 清雲寺
御本尊の滝見観音は中国でつくられたものだそうで、ここでは、五色の紐が観音様と繋がっています。
清雲寺

第15番札所 真福寺
観音堂の中のマリア観音は子供を抱いて座っており、子育て観音として親しまれてきたそうです。
天井の絵は北斎作(?)かもしれないとか…
本堂には有名な彫り師 伊八が彫った欄間があるとのことですが、それは見られませんでした。
真福寺

ほかにもいくつか回りましたが、どこもいつもだったら立ち寄ることもないフツーのお寺です。
拝観料をとるわけでもなく…
ウン十年も前に、琵琶湖の湖北の十一面観音を巡る旅をしたことがありますが、こんな近くにも人々が守ってきた観音様がいらしたのですね。
さすが、鎌倉幕府のお膝元だと、わが郷土を見直しました。

今年の御開帳は4/18〜5/18日で終了。
午年の本開帳は12年後、丑年の中開帳は7年後。
観音堂は急な階段の上にあることが多いので、皆さん、元気なうちに巡ってみて下さい。

2014年5月20日

新緑の奈良・京都

  1. 2013/06/06(木) 11:38:33|
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いくつか関西方面に用事があり、久しぶりにのぞみに乗って西へ向かったので、先週末は奈良・京都を回ってきました。

まず、南円堂/北円堂の特別公開をしている奈良の興福寺へ。

南円堂
南円堂 三重塔
南円堂もそのすぐ下にある三重の塔も、京都のお寺に較べると屋根のカーブなどが中国風で、長安から文化が入ってきたという感じがしますね。
南円堂の中にも、北円堂にも、それぞれ仏像がおさめられていて、古い建物の中で間近に見ることができた仏様の姿に、思わず手をあわせてしまいました。

その後、「奈良まち」をフラフラ散歩。
奈良のあちこちで「世界遺産」をアピールして観光客を呼び込もうとしているようで、近鉄奈良駅に向かう電車の中から平城京跡の原っぱに(?)突然建物が立っているのを見た時には驚きましたが、猿沢の池の南に残る古い町並みを整備して、「世界遺産の町」として地域振興していこうという様子には好感が持てました。
「麻もの」を揃えた中川政七商店、古い蚊帳メーカーの麻ふきん、お習字用の墨、吉野の柿を使ったお菓子から漬物までを売る柿専門店など、おみやげ物のレベルも高く、ちょこちょこお買い物してしまいました。

古い町屋もきれいにして公開しています。
間口が狭く、奥行きのある建物で、ほとんどが商家だったそうです。
坪庭があり、京都の町屋と同じようなつくりです。
奈良町屋 奈良町屋2

翌日は、前から見たかった伊藤若冲の五百羅漢を見るために伏見の石峰寺へ。
小さなお寺の裏庭(裏山?)を一周すると、お釈迦様の一生をたどることが出来ます。

羅漢

羅漢2

物語の最後、「涅槃」。若冲の描いた野菜の涅槃図を思い出しました。
弟子たちが嘆く場面だと思うのですが、どちらもどこかユーモラスで、心が和みます。
若冲は晩年をこの寺で過ごし、下絵を描き、石工に石像を彫らせていたとのこと。
新緑の木洩れ日の中、五百羅漢は、明るく、優しげな表情で立っていました。
「われもまた落葉の上に寝ころびて
羅漢の群に入りぬべきかな」
と、吉井勇の歌が残されていましたが、本当にそんな気がしてきます。

もう一つ、伏見の名所中の名所、伏見稲荷にも行きました。
こちらは、パワースポット的エネルギー全開で、若冲の羅漢様が「陽」なら、「陰」という印象で、少し「怖い」感じでした。
伏見稲荷

この後、東福寺で新緑の通天橋を渡り、智積院で長谷川等伯の絵を見て、さつきの咲くお庭を見ながらゆったりと過ごし、時間の中を旅した気分で、すっかりリフレッシュしました。
智積院 智積院2

新幹線に乗れば、ほんの2時間ですから、時々行かないといけないですね。

2013年6月6日











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