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IFF (2012年1月)

  1. 2012/01/30(月) 12:44:23|
  2. 展示会|
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先週25日水曜日に、IFF(International Fashion Fair)に行ってきました。
この展示会には、毎回足を運んでいますが、今回は、Parisのミリビスで3月から日本人クリエーターの商品を販売するShowroomを始め、秋口にはショップもオープンする予定なので、そこに置ける物がないだろうかと、いつも以上に「探し物」に力を入れて、会場をまわりました。
残念ながら、「これをパリに持っていきたい!」というコレクションには出会いませんでした…

受付のすぐ後ろは、ブライダルのコーナー
IFFは、基本的には、ブティックのバイヤーが商品を探しに来るところですので、ウエディングドレスの売り先ではないような気がするのですが・・・
IFF bridal

2階へ上がって行くと、クリエーター・ヴィレッジです
IFF CV

IFF CV2

このコーナーは、隅から隅まで見ましたが、心ひかれるスタンドはありませんでした。
「訪問客」が多い印象で、オーダーシートをひろげて商売をしている様子はあまり見かけませんでした。

クリエーター・ヴィレッジを出たところは、シューズやバッグを置くコーナー
沢山の人が群がっているスタンドがあり、「何だろう?」とのぞいたら、ゲストの石田純一が回っているところでした。
IFF 石田

みんな携帯で写真を撮っていたので、私も混じって カシャ。

まだ雪の残る、寒い寒いビッグサイトでしたが、拾うものがないというのは、さらに「寒い」状況かもしれません。

2012年1月30日





Charlotte Perriand展

  1. 2012/01/09(月) 16:24:56|
  2. ミュージアム|
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あけましておめでとうございます。 2012年は、穏やかな一年となりますように!
皆さんは、どんなお正月を過ごされたでしょうか?
私は、お正月の鎌倉へ『シャルロット・ペリアンと日本』というエクスポジションを見に行きました。1月9日で神奈川県立近代美術館 鎌倉での開催は終了してしまいましたが、とても興味深い内容でしたので、ご報告したいと思います。
ペリアン展

シャルロット・ペリアンは1903年生まれのフランス人。1927年のサロン・ドートンヌに出品した「屋根裏のバー」が認められ、ル・コルビュジエのアトリエに入所。「屋根裏のバー」の写真が展示されていましたが、今あっても全くおかしくない、とてもモダーンなバーでした。内装があまり得意でない(と、展示会の説明に書いてありました)コルビュジエに、きっとスカウトされたのでしょう。そして、そこで日本から来ていた建築家の坂倉準三、前川國男らと出会い、その板倉達の推薦で1940年 商工省(今の経済産業省ですね)の「輸出工芸指導顧問」として来日することになります。渡航費 2000円、俸給月額800円だったそうです。当時その額がどの位の価値なのかよく分かりませんが、破格の厚遇だったに違いありません。1940年といえばナチスがパリにせまっており、彼女が乗船した白山丸は日本への最後の引き上げ船で、2等船室には岡本太郎や猪熊弦一郎などが乗っていたというのですから、驚きます。日本の状況を考えてみれば、1937年に盧溝橋事件が起こり、1941年の12月には太平洋戦争に突入するわけですから、その前の年に、フランス人のデザイナーを招いて、「輸出振興」しようとしていたことにさらに驚きました。私の持っているイメージとしては、1940年にはヨーロッパも日本も戦時下で、国の施策もすべてそちらに向いていたと思っていたのです。また、昨年の震災後、日本からフランス人が脱出したことを考えると、シャルロット・ペリアンの来日を止める人はいなかったのかと不思議に思います。それとも、1940年に生きていた人たちは、自分達が「非常時」の中にいるとは考えていなかったのでしょうか… 

日本へ来たペリアンは、工芸品を海外へ輸出できるよう指導するのが仕事でしたから、柳宗理(先日亡くなったバタフライチェアのデザイナー)とともに全国をまわります。日本のあちこちで撮られた写真が展示されていましたが、中でも印象的だったのは、山形の新庄で「積雪地方農村経済調査所」との交流と、その中から生まれてきた作品です。
ロングチェア ロングチェア 藁


図録を見たら、藁のマットレスも、台になる木製のロングチェアも折りたためるようです。

そして、全国を回ってペリアンが集めたり、製作したりした作品を、1941年に高島屋で『Selection, Tradition, Creation』というテーマで展示会を開いて発表します。「伝統技能を生かし、新しい生活に合うように選択し、創造する」 現代の日本の伝統工芸が悪戦苦闘しながら取り組んでいる課題と全く変わりません。というか、70年前から全く前へ進んでいないと言うべきか…

高島屋





シャルロット・ぺリアン「選擇、傳統、創造展」
東京高島屋会場








ロングチェア竹」





展示された作品のひとつ
竹製シェーズ・ロング 
1941年/1985年再製作




日本滞在中に「民藝運動」の推進者である柳宗悦や河井郤]困蕕判于颪辰織撻螢▲鵑蓮地方に残る伝統工芸を新しい時代の感覚と結びつける試みをし、竹や木を素材としたモダーンなデザインを提案。当時の日本のデザイン界に強い影響を与え、それは21世紀の今日まで続いています。

1953年に再び来日したペリアンは、日本での体験を生かしたデザインを沢山世に送り出しています。エクスポジションの最後にペリアンのビデオが見られる部屋があり、そこには今でも使われている彼女の家具が置かれていました。どれも座り心地が抜群に良いです!
ソファ

椅子

寝椅子

ペリアンは1999年に亡くなるまで、活動を続けますが、1993年にパリのユネスコ庭園内に彼女が作った「茶室」は、90歳になっても自由にデザインする彼女のエスプリが十二分に表現されていて、楽しげです。見てみたかったですね。
茶室

神奈川県立近代美術館は、私の好きな美術館の一つですが、ペリアンの昔の同僚坂倉準三の設計だったのを、今回初めて知りました。横浜からですと近いので、また行くことにしましょう。
近代美術館


帰りに、鶴岡八幡によって初詣
八幡様

2012年1月9日

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