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脇田美術館

  1. 2013/08/26(月) 15:43:42|
  2. 信州|
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暑かった8月もあと数日残すだけ。昨日から少し涼しくほっと一息ですね。
夏の信州の最後の話題は軽井沢の脇田美術館です。
1908年(明治41)に生まれ、2005年に亡くなった脇田和さんの約千点の作品を集めた美術館で、軽井沢の駅から歩いて10分ほどの森の中にあります。

軽井沢らしいこんな風景の中を歩いていきました。
軽井沢苔

脇田美術館 脇田 赤い絵

デザインされた椅子が並んでいますが、座り心地は結構良いのです。
脇田 椅子 脇田 椅子2


「銀座百点」の挿絵を1983年〜2000年まで17年間描いていたそうで、そのコーナーには、布の切れはしをコラージュしてある作品も多く、オシャレだけれども暖かな作品に囲まれ、幸せな気分になりました。

脇田 庭


お庭も気持ち良く、CAFEでコーヒーを飲むこともできます。
一緒に開催されていた「清宮質文(せいみやなおぶみ)展」の版画やガラス絵も、心にしみいるものでした。
すぐ近くの旧軽井沢の喧騒が嘘のように思える空間ですので、ぜひ一度訪ねてみてください。

2013年8月26日







富岡製糸場

  1. 2013/08/19(月) 13:03:21|
  2. 信州|
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上田の風穴を見たからというわけではないのですが、帰る途中で高速をおり、前々から気になっていたもう一つのシルク産業の「遺産」富岡製糸場に寄りました。

繭の倉庫(左)と操糸場(右)
富岡 繭倉庫 富岡 操糸場

女工館
富岡 女工館

建物の中に入ることが出来たのは操糸場のみ。
養蚕農家の屋敷跡などとあわせ、「富岡製糸場と絹産業遺産群」としてユネスコ世界遺産登録を目指しているようですが、もう少し見せ方に工夫が必要だと思いましたし、まわりの町とのつながりが見えないので、「町興し」にはつながらないのではないかという印象でした。

とはいうものの、富岡製糸場の歴史を紹介する展示室では、いくつか面白い発見がありました。
まず、ここでも蚕種の貯蔵施設として、下仁田町にある「荒船風穴」を利用していたこと。この風穴もユネスコに申請する「遺産群」の一部です。
二つ目は、明治35年(1902)に、三井から横浜の原合名会社に製糸場が譲渡され、原三渓が経営していた時期があったこと。富岡でつくられた糸は絹織物となり、横浜の港から輸出されていたのですね。そして、彼がつくった横浜本牧の三渓園は、今でも桜や菖蒲の咲く季節になると、行ってみたくなる庭園です。
そして三つ目は、現在日本で繭から機械でシルクの糸をひいているのは2工場しかないこと。
その一つが碓井製糸農業協同組合。私は、なんとこの工場に行ったことがあります。10年くらい前だったでしょうか。その頃、パリの某有名メゾンに、「日本には面白い絹糸がきっとあると思うので探して欲しい」と頼まれ、詳しい人に聞いたり、新聞記事の検索をしたりしながら探していました。碓氷峠に近いこの製糸場に行ったのは、「中空糸」という中が空洞の空気のように軽い絹糸をつくっているという記事を見たからだったと記憶しています。最初、群馬県庁に電話し、担当者が製糸場まで一緒に行ってくれたことも思い出しました。
あらためて調べてみると、1958年に、地元にあった製糸場が取引を停止した時に、地元農家が農協を設立し、旧松井田町や商工会などのバックアップを得て、工場を引き継いだのだそうです。
70年代初めには、組合員約3000人、1000トンの繭が集まってきていたが、現在、組合に所属する養蚕農家は45戸、平均年齢は70歳をこえているとのこと。2012年度に組合が仕入れた繭117トンのうち、地元組合員は15トン。61トンが群馬県内の他の13農協からで、県外からも41トン。
厳しい状況ではありますが、それでも、養蚕農家も、製糸場も日本に残っているのです!
碓井製糸場を尋ねた時に、小ロット多品種の要望に応えてきたので、生き残ってきたという説明がありましたが、それは今でも変わらないのではないかと思います。
パリの某メゾンには、中空糸を含む何種類かの絹糸のサンプルを提案し、興味を持ってもらい、サンプルオーダーまではこぎつけたのですが、「ビジネス」にまで持っていくことは残念ながら出来ませんでした。

話は群馬から離れますが、もう一つ日本に残っている製糸場は、鶴岡にある松岡機業です。
シルクの糸探しをしていた時に、私はここへも行きました。この地のシルク産業の歴史は明治維新の『西郷さん』にまで遡るのですが、その話は、またいつか…
10年ほど前にシルク糸探しをしていた時には、5社あった製糸場も今では2社。
富岡製糸工場の世界遺産登録への動きの中で、碓井の製糸場への見学者が増えているそうですが、今も稼働する製糸場を「生きたまま」残す道を探していかなければいけないですね。

2013年8月19日



別所氷沢の風穴

  1. 2013/08/15(木) 15:42:21|
  2. 信州|
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今回、別所温泉に行ったのは、不思議な石組みがあって、その中はとても涼しいというので、「じゃあ、涼みに行こう」というのが目的でした。
別所温泉の裏山を車で結構上り、駐車場からも10分ほど急な山道を登ったところに、その石組はありました。

道は整備されていましたが、石組みがあったのは、この上です。
風穴 坂道

細く急な階段を下りて、石組みの中に入っていきました。風穴 階段 風穴 2

風穴 3

階段を数段下りただけで、本当にひんやり!
地上が30度の猛暑でも、穴の中は5度くらい。積み上げられた石の隙間から冷たい風が吹き出してくる天然の冷蔵庫!
別所氷沢の風穴と呼ばれる石の穴の仕組みはこんな風になっているという説明が、駐車場の前の看板に書いてありました。
石の隙間を抜ける間に、空気が冷やされ冷気になるのだそうです。

風穴 看板

この風穴は、明治後半から大正にかけて、養蚕が盛んだった時代に、蚕を飼育する時の蚕種(さんしゅ)を保存し、孵化するのを抑制するために使われていたのだとのこと。
蚕種を自然のままにしておくと、春先一斉に孵化してしまうので、低温で保存し、夏や秋にも必要に応じて孵化させ、飼育時期をずらすために、「風穴」が造られたのだそうです。
当時、養蚕業者「種屋」は上田に357軒あり、その種屋の多くがこの別所の風穴を利用していたとのことです。

夏とは思えない冷気の中で、殖産興業の時代に、様々な工夫をして、繊維産業を支えていた人達がいたのだと「実感」しました。

2013年8月15日






信州の花 2013夏

  1. 2013/08/13(火) 12:12:48|
  2. 信州|
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先週早めの夏休みをとって信州で涼しい思いをしてきました。
下界へ戻って来たらこの記録的な猛暑で、対応できずにへばっています。
「暑い暑い」とばかり言っていても仕方がないので、気分だけは少しリフレッシュしようと、涼しげな信州の情報をお届けします。
では、まず、お花の情報を! 5〜6月ほどお花の種類はありませんが、8月のお花も青い夏空に映えて、気分も晴れ晴れします。

小諸の夢ハーベスト農場のラベンダー
小諸農場ラベンダー

小諸農場

上田市武石のあじさい公園の7000株のあじさいも見ごろでした。
公園といっても、森の中にブルーや白のあじさいが咲いていて、幻想的な雰囲気です。
特に雨上がりだったので、しっとりとお花が濡れていて素敵でした。木道も濡れていてツルツル滑るのは、怖かったですが…
武石アジサイ 武石アジサイ2

別所温泉の安楽寺のハス
安楽寺ハス

ハスの実もかわいい
安楽寺ハス2 安楽寺ハス3

残念ながら、この日は火曜日で、別所温泉のお蕎麦屋さんは全部お休み。お昼ご飯を食べるところを探すのに苦労しました。
今回、私は、別所温泉には泊まりませんでしたが、別所は温泉の質も良く、北向観音の愛染かつらや、安楽寺の八角の三重塔(国宝です!)など、趣のある観光スポットもあり、季節季節にお花も咲きますので、信州のお勧め温泉の一つです。

2013年8月13日




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