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クレラー・ミュラー美術館

  1. 2013/11/28(木) 16:49:20|
  2. ミュージアム|
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六本木の国立新美術館で、オランダのクレラー・ミュラー美術館所蔵の点描画を見てきました。
「ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」とチラシに書かれていましたが、印象派ど真ん中の企画展ではなかったためか、それほど混んでおらず、ゆっくり絵を見ることが出来ました。
クレラー・ミュラーにゴッホの絵の素晴らしいコレクションがあるというのは知っていたのですが、それ以外の作家の点描画もこんなに集めていたのですね。
スーラ、シニャックから、その後を継ぎ、べルギー、オランダの光の中で『色』を探求していったDivisionismの作家達の静かで、暖かい点描画が並んでいました。その流れの最後に、モンドリアンの抽象画があったのも、とても納得のいくものでした。

ゴッホの「種まく人」   スーラ 「ポール=アン=ベッサンの日曜日」
ゴッホ種まく人 スーラ

モンドリアン 「赤と黄と青のあるコンポジション」
モンドリアン

クレラー・ミュラーは以前から行ってみたいと思っていた美術館でしたが、今回、その思いはますます強くなりました。
裕福な実業家ファミリーに生まれたヘレン・クレラー・ミュラーが、ビジネスマンの夫の資産を使って集めた作品は 11,500点。美術館は、オランダ東部の森林地帯ホーヘ・フェルウェ国立公園の中にあるのです。
クレラーミュラー

彫刻庭園は写真を見るだけでもワクワクします。 白いレンタル自転車に乗って、広い国立公園を散歩することもできるようです。
クレラー庭 白自転車

国立新美術館の「印象派を超えて 点描の画家たち」展は、12/23日までです。
オランダの森の中の美術館にはいつ行けるでしょうか…
 
2013年11月28日

酉の市

  1. 2013/11/18(月) 11:00:17|
  2. イベント|
  3. トラックバック:0|
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今年は11月3日が一の酉、15日が二の酉でした。
根岸の里の散歩をした日がちょうど一の酉だったので、日暮里からバスに乗って、鷲神社にまわりました。お宮にお返しする今年の熊手を持った家族連れなどで混みあうバスの中から、すっかり酉の市の気分になってきました。

お宮に入ってお参りするには、長い列に並ばなければいけなかったので、それはあきらめ、神様には少し遠くから、ご挨拶。
お賽銭箱は遠く、人の頭越しには投げられず…
おおとり神社

広尾にいた時には、浅草の酉の市までよく行ったのですが、横浜からは少し遠いです。
そんな話をしながら、以前は毎年買っていたお店で、久しぶりに熊手を買ったら、お隣の方は佐賀から毎年来ているとのこと。「横浜なんか近い近い!毎年来なくちゃ」と、威勢よく言われました。
ここの熊手は、92歳のこの店の『オカミサン』が手描きしているのだそうです。
あやかりたいものです!
酉の市 よしだ

やっぱり浅草のお酉さまはいいですね。
新しい年が来るんだなあという気分になってきます。
酉の市 屋台

ところで、子規は、酉の市に行ったりしたのかしら…と、ふっと思い、ググってみたら、情景が浮かんでくる句が出てきました! 
酉の市は冬の季語なのですね。

「夕餉すみて根岸を出るや酉の市」
病んでいた子規は歩いて行ったのでしょうか…  私達も帰りは鴬谷まで歩きましたが。

「お宮まで行かで帰りぬ酉の市」
お参りするには、やはり長い列に並ばなければいけなかったのか?  それとも別の理由?

「酉の市小さき熊手をねぎりけり」
私も小さな熊手を買って、ほんの少しご祝儀を渡して、賑やかに手をしめてもらいました。
『家内安全、商売繁盛、よー』 シャンシャンシャン、シャンシャンシャン…

「傾城に約束のあり酉の市」
本当でしょうか… それとも、想像の中の光景でしょうか…
「吉原を始めて見るや酉の市」という句も、同じ年にありますから、子規の頭の中で、願望に近い物語が紡がれたのかもしれませんね。

2013年11月18日




根岸の里

  1. 2013/11/11(月) 13:42:56|
  2. ミュージアム|
  3. トラックバック:0|
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11月初めの週末に、最初に勤めた職場の友人達との食事会があり、豆腐料理で有名な鴬谷の『笹乃雪』に行きました。笹乃雪は、元禄4年(約320年前!)に創業。初代の玉屋忠兵衛さんが、111代後西天皇の親王(上野の宮様と呼ばれていたようです)にお供して京都から江戸に移り、江戸で初めて絹ごし豆富をつくり、根岸に豆富茶屋を開いたのが始まりとのこと。笹乃雪では、豆腐というのは腐るという字でよろしくないので、豆富という字を使っているそうです。

笹乃雪が店を開いたほぼ10年後、元禄15年12月14日には、あの有名な赤穂浪士の討ち入りがあり、大石内蔵助以下17人が預けられた細川家のお屋敷には、笹乃雪の豆富が届けられたとのこと。笹乃雪のお嬢さんが赤穂浪士の一人に心を寄せていたとか… いろいろ伝説があるようです。

今でも老舗らしい店構えです。
笹の雪

笹の雪 あんかけ

何故かあんかけ豆腐は2つでてきました。「味が違うのですか?」と質問したところ、『同じです』というお答。
あとで、パンフレットを見たら、上野の宮様がいらした時に、大変美味しいと仰り、「これからは二碗ずつ持って来るように」とお言葉があり、それ以来二碗一組で出すのが慣わしとなったのだそうです。なるほど… 

井戸水とにがりを使い昔ながらの製法で作られたお豆富をお腹いっぱい食べたあと、鬼平犯科帳や落語によく出てくる周辺の『根岸の里』のお散歩をしました。
まず、徒歩2分の子規庵。正岡子規も、笹乃雪のお豆腐をよく食べに来たようです。

子規庵は知らなければ通り過ぎてしまいそうな、ごくフツーの家
子規庵 入口

旧子規庵の建物は、前田家の御家人の二軒長屋の一つで、昭和20年4月の空襲で焼失。25年に再建され、病臥しながら精力的に情報発信し続けた子規の暮らしぶりが、今でも想像できる佇まいです。病床からハガキで、友人や弟子を集め、句会や歌会をし、文学の近代化に情熱を注ぎ続けたとの説明が、ボランティアの方からありました。
数年前にNHKで、『坂の上の雲』がドラマ化された時には、担当者がこの子規庵の寸法をすべて測って、そのままセットをつくったそうです。

子規の見ていた庭です
子規庵 窓

ちょうど、へちまがなっていました。
子規庵 へちま
絶筆三句も「へちま」でしたね。
そのうちのひとつ  『をととひのへちまの水もとらざりき』

お庭にまわるとこんな感じ
子規庵 庭

鶏頭、フジバカマ、ホトトギス、ムラサキシキブ…などなど、すっかり秋です。
子規庵 庭2

『鶏頭の十四五本もありぬべし』という句は、このお庭のことでしょうね。

子規は「小園の記」に、こんな風に書いています。
「我に二十坪の小園あり。・・・・・ 場末の家まばらに建てたれば青空は庭の外に拡がりて雲行き鳥翔るさまもいとゆたかに眺めらる」
残念ながら、現在はお隣のラブホテルに遮られ、空は狭くなってしまいました。

子規庵で少しビックリしたことが二つ。一つは子規が34歳という若さで亡くなったということ。子規のことは国語の授業でも習ったのですが、もっとオジイサンだったような気がしていました。
もう一つは、まわりにラブホテルが建ち並んでいたこと…
この後、江戸情緒を残す下町散歩というイメージとは遠いラブホ街を抜けて(?!)、羽二重団子でお団子食べました。

2013年11月11日





クリニャンクール

  1. 2013/11/02(土) 12:04:14|
  2. パリ|
  3. トラックバック:0|
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モンマルトルをもう少し北へ行けば、蚤の市で有名なクリニャンクールです。
最近、そのクリニャンクールにも変化の兆しがあり、パリ一番の尖がった品揃え店のエクレルールがオープンしたというので、足をのばしました。
しかし、残念ながらこの日(火曜日)は、エクレルールはお休みでした。

目的の住所にたどり着いたらこの状態
クリニャンクール
あいている近所のお店に聞いたら、店が開くのは週末だけだそうです。
まあ、考えてみれば当然です。蚤の市が開かれる週末しか、パリジャンも観光客もクリニャンクールには来ないのですから。

この日はアンティークのお店には、シャッターが下り、なかなか奇妙な光景でした。
クリニャンクール2

クリニャンクール3

クリニャンクールの「シャッター通り」を見ることは、今後もきっとないでしょう…

2013年11月2日



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