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パリのテロ

  1. 2015/11/23(月) 15:53:49|
  2. パリ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
10月半ばにパリから戻ってきていたのですが、その後、パリの話をこのブログに書いていたので、「ブログを読むとパリにいるみたいなので…」と連絡くださる方が、何人もいらっしゃいました。ご心配おかけし、申し訳ありません。多賀は日本に帰ってきています!
幸いなことに、友人も仕事仲間も、まわりに巻き込まれた人はおらず、ひとまずほっとしているところです。
ただし、今回テロの起こった場所は、私がパリに行くとウロウロしているところなのです。
数回前のブログに10区のことを書きましたが、11区はそのとなり。サンマルタン運河を越えれば11区に入ります。
襲撃されたカンボジア料理屋は、サンマルタン運河からすぐで、知人は9月にパリ出張した時に、そこで誕生パーティをしてもらったそうです。
元パリ・ミリビスの代表は、シャロンヌに、からあげ屋を開いており、すぐ近くのカフェが襲撃され、当日店にいたスタッフはシャッターを閉め、明け方まで外に出られなかったとのこと。
10月のパリ出張の際、私は週末の夜、からあげ屋さんに夕飯を食べに行きました…
元同僚は、バタクランの隣に住んでいて、爆発音の後「戦闘状態」となった劇場の屋根に人がのぼってくるのが見えるところで、小さな子供を抱えて震えていたそうです。
というように、今回のテロは私のすぐ身近で起こりました。
私自身がウロウロしていて、事件に巻き込まれたとしても不思議ではないところばかりです。

思った通り、報復のための爆撃が始まりましたが、どうなっていくのでしょう…
テロ事件の後、ふーっと、何十年も前に見た映画、「アラビアのロレンス」のことを思い出しました。
T.E.ロレンスというイギリス人の将校が1914年に勃発した第一次世界大戦の中で、アラビアで情報活動をし、ラクダに乗って、アラブ人を指揮してオスマン帝国を相手にゲリラ戦を展開するというのが前半の華々しい物語です。
ゲリラ戦は成功し、オスマンはトルコ共和国となり、それ以外の地は放棄するのですが、(映画の中では、アラブ側も様々な思惑がからみ)、西欧諸国の植民地となり、理想を求めたロレンスは失意の中で、イギリスに戻っていく…と、いうのが後半の筋書き。

(100年前のトーマス・エドワード・ロレンス)
lawrence  lawrence2

これは、ほぼ100年前に起こったことですが、その後アラブの混迷はますます深まり、全く出口が見つかりません。
ロレンスのゲリラ戦は、ベトナム戦争でも手本とされたと言われ、今回のテロにもつながっていくような気もします…
100年後のこの状況を見たら、ロレンスはどう思うでしょうか?
そして、私が見ることのできない50年後、100年後は、どうなっているのでしょうか?
報復の爆撃で「平和」が戻ってくるとは誰も考えていないと思いますが、それならどうしたらよいのか… 忘れず、考えていきたいと思います。

2015年11月23日




ロマン主義ミュージアム

  1. 2015/11/05(木) 18:20:05|
  2. ミュージアム|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
モンマルトルのピガールから少し下に降りたあたりにある小さなミュージアム Musee de la Vie romantiqueに行ってみました。
大通りから少し入っただけなのですが、立派な建物が並ぶ静かな地区です。
大きな木々に覆われた細い路地の奥にあるので、通り過ぎそうになりました。

romantique

このミュージアムは、19世紀の画家アリ・シェファーの邸宅だった建物です。
ロマン主義の芸術家たちが集まってくるサロンで、ヴィクトル・ユーゴー、ショパン、リストなども通ってきていたとのこと。
ジョルジュ・サンドとも親交があったようで、彼女の作品も沢山展示されています。
結構力強い彼女の『手』(石膏を固めたもの?)もありました。

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お庭はCAFEになっています。
暖かな秋の日曜日の午後を楽しむ人で、CAFEはいっぱいでした。

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パリ市が運営するミュージアムで、無料ですので、モンマルトルのお散歩の際にはのぞいてみてください。

2015年11月5日





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