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石内都 「肌理(きめ)と写真」

  1. 2018/02/13(火) 11:06:29|
  2. ミュージアム|
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ishiuchi

横浜美術館で開かれている石内都の写真展を見てきました。
銀座の資生堂ギャラリーでメキシコの画家フリーダ・カーロの遺品の写真を見てから、石内都の他のシリーズも見たいと思っていました。

<YOKOSUKA STORY>

ishiuchi yokosuka ishiuchi yokosuka2

彼女は1947年、群馬の桐生市生まれですが、育ったのは横須賀。
1970年代後半から独学で写真を始め、横須賀や横浜で撮った写真をモノクロームで発表し、あっという間に注目されるようになったようです。
少し年代が違いますが、彼女が写真に撮った横浜の金沢八景や、山下町の近くで、私は生まれ育ちました。写真の中の八景や弘明寺や真金町や山下町に、その時期に行ったことはないのですが、ものすごく懐かしい光景でした。

多摩美大で織りを学んだ石内都は、テキスタイルの魅力を表現するのも上手です。

ishiuchi meisen

ishiuchi meisen2

2つめの部屋の魅力的な銘仙の着物は、石内の生まれ故郷桐生で2011年に撮影されたもの。
大正・昭和の女性たちが普段着にしていた銘仙は、斬新なデザインで、カラーも明るくモダーン。
身に着けていた女性たちの溌溂とした姿が目の前に浮かびます。

この部屋で、もう一つ驚いたのがアメリカ人デザイナーのリック・オウエンスの亡くなったお父様の着物でした。

<Rick Owens’ Kimono>

ishiuchi rick ishiuchi rick2

調べてみたところ、数年前に95歳で亡くなったお父様は、ファッションの仕事をしていたわけではなく、戦後、進駐軍の一員として日本に滞在していた時に着物を集めたようです。
懐疑的なソーシャルワーカーだったと、リック・オウエンスは父親のことを話していますが、美しい着物を選んだ審美眼は、リックに引き継がれたということですね。

最後の部屋には、石内の亡くなったお母様をはじめ、フリーダ・カーロ、広島の被爆者の遺品の写真が並んでいます。
桐生の銘仙を撮り始めたのも、広島で絹の服がしなやかに残っていることに触発されたからとのことですが、女学生が着ていたと思われるワンピースは、今見てもカワイイ!
テレビ番組のインタビューで、石内自身が「私が可愛く撮っているのよ!」と笑っていましたが…
「遺されたもの」の写真から、ここでも着ていた人の姿が浮かんできます。
お母様はおしゃれな人だったのだろうなあと思いましたし、フリーダ・カーロのカラフルな遺品には鬼気迫るものがありました。
ヒロシマのワンピースからは、穏やかな瀬戸内の街で過ごしていた女学生たちのフツーの暮らしが浮かんできます。

ishiuchi kasuri ishiuchi button

バラのボタンは、平成の若いデザイナーも使いたいと言いそうです。
左の白いワンピースは白絣のようでした。私は、久留米絣に関わる仕事をしていた時に、同じような白絣を織元で買って、ジャケットを作って着ています。
これを着ていた女学生も、ちょっとオシャレに白絣をワンピースにしてみたのでしょうか。

2007年に、ほんの1回のつもりで出かけて行った広島に、石内は毎年出向いて撮影を続けています。
「毎年新しい遺品が入ってくるから、それに呼ばれて行っているの」
「広島では、まだ戦後は終わっていないのよ」と、石内の言葉です。

もう一つあった「無垢」という部屋には傷跡シリーズが並んでおり、<不知火の指>は石牟礼道子さんの手足を接写したものでした。
この写真を見た直後に、石牟礼さんの訃報を新聞で読み、『苦海浄土』も終わっていないというメッセージも受け取ったように思います。

「時間を写し撮った」写真展は、3/4日までやっています。

2018年2月13日









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